noskeくんと日本人論のおはなし(前編)

5月 14th, 2009

__今回は、オーストラリアの大学で「日本人論」について研究をしているnoskeこと高橋進之介くんにお話を聞いていこうと思います。
もともと野口(夫の方)と大学時代からの友人で、最近でも赤道を越えて議論と情報を飛ばしあっているnoskeくん。日本人論ってそもそも何を研究するんだろうってところから大変興味があるのですが、まずは簡単な自己紹介を。__

はじめまして、高橋進之介です。1985年1月に横浜市で生まれました。
高校のころの夢は映画を作ってみることで、高校卒業してからはそっちの方面に行きたいなぁと思っていました。
ですが、ちょっとした転機から大学進学を考え、運良く中央大学に入学。大学では、不思議なイラン人教授や仲間達と共に、現代思想や社会学を勉強していました。
ノグチ(哲)とは、大学のサークルで一緒になって以来の付き合いです。もう7年目?
大学院もそのまま進み、現在は修士課程の2年目にいます。今は、オーストラリア国立大学大学院に留学中です。専門は主に「80年代以降の日本社会と日本人論」がテーマです。

最近の出来事だと、世界金融危機から豚インフルエンザへの世界中のマスコミの一斉話題転換に興味があります。

__今回主に聞いてみたいのは、noskeくんの専門にある日本人論についてなんだけども、日本人論って何を研究するものですか? 起源・歴史的なこととか、暮らしや文化のこととか、世界の中で対比しての日本って観点とか。そもそも対象になる「日本人」って何者なんだろう。__

日本人論を考えることと、日本人を考えることは似て非なるものです。
日本人論って言うのは、「日本人って何だろう」って言う際に考える材料を提供する知識や情報の道具箱だと思ってください。一方で日本人は実態なので、全体化して何かの共通項から考えるのは不可能です。必ず何かしらのボロ(全体化し得ないもの)が出る。もっと抽象的に言えば、前者は「日本人にまつわる言説・表象またはイメージ」です。そして後者は人々のそれぞれ異なる多種多様な思想・価値観・様式を指します。

私が研究対象にしているのは「日本人論」、つまりは道具箱の研究です。質問にあるように、日本人論は「日本人って何だろう」って基軸を中心にあらゆる知識が該当します。例えば考古学や歴史学などで日本人の起源を辿るアプローチもあります。社会学や人類学などで文化や社会を分析するアプローチもあります。また、小説やエッセイ、映像や音楽などで、「こころ」などの繊細なものを表現するアプローチもあります。
こうした知識を動員して、またはそれぞれのアプローチから「日本人は○×だ」と表現するものが日本人論です。

__えーと……(脳内処理中)
野球に置き換えてみると、「日本人を考える」ことがプレーをすることで、日本人論をやってるnoskeくんは、野球をするためのボールを作ったりバット作ったりしてるってことかな。日本人について考えるための様々な要素をあぶりだして、解りやすい素材にまとめていくような。
しかし自国以外の国の人や文化については、研究対象にしやすい(興味がわきやすい)ような気がするんだけれども、何で日本人論を研究テーマにしようと思ったん?__

直接的な動機は、私の育った環境にあります。
私の母親は70年代末に韓国から日本に美術学生として留学してきました。今も画家として活動を続けています。また、父方の祖父はペルーの日系2世として生まれてから青春時代までペルーで過ごし、その後しばらくアメリカにいました。そうした彼/彼女達の影響からか、昔からアイデンティティに関して若干「ズレた」感覚があったようです。

たとえば刺身にトマトケチャップを掛けて食べる祖父を見てそれがフツーだったのですが、よそ様の家では違う、とか。または、それまで母親とフツーにコミュニケーションをしていると思っていたのに、他人から見たとき、母親はかなり強いアクセントを持っていることが分かったりとか。あとは、大学時代に、しばしば「お前の顔、韓国人っぽいよな」とか言われたり(笑)。
考えてみると、日本人は結構「日本人であること」に意識の深い部分で固執しているのかも、とか思い始めたのがキッカケです。同時にそれはずっと日本でフツーに友人達と同じ環境にいながら、日本人では若干ないかもしれない(?)自分に気がついたときでもあります。
だからキッカケは、敢えて言うならば、「自分探し」みたいな感じで始まりました。

__すごくグローバルな自分探しではあるよね。いわゆる自分探しとは対極だけれど。
私が日本人を実感したのは逆のパターンで、転勤族で親戚とも基本的に断絶してて、数年ごとにチューンナップする根無しっぽい環境だったのが、ドイツをふらふら放浪してるときに「自分はどうやら日本人って生き物らしい」と実感して。それは余談だけど。でも日本人論をオーストラリアまで行って研究しているのは?__

一度2005年に大学を休学してワーキングホリデーで半年滞在したときに、なかなか居心地が良かったからです。空も海もきれいだし、そんなに高いビル群がたくさんある訳でもないし、よくみんな昼間からビール飲んでるし(笑)。
今いる大学は、世界で最大級のアジア研究施設を持っていることも理由のひとつです。研究スタッフや学生が大勢いるということは、それだけ様々な可能性やパースペクティヴがあるということを意味します。これは自分を鍛え直すにはちょうど良い環境だと思いました。

__野口(哲)は、noskeくんのいる環境は人種のるつぼだから面白そうだってよく言ってる。
後編ははじめに聞いた最近注目したニュースなど、具体的なシーンで起こっていることを掘り下げて聞いていきたいなあと思っているんだけど、先に日本人論を考えるのに役立ちそうな本をリストアップしてもらってもいいですか?__

柄谷行人『日本精神分析』
吉野耕作『文化ナショナリズムの社会学』
南博『日本人論』
森巣博『無境界家族』
姜尚中『オリエンタリズムの彼方へ』
T. モーリス=スズキ『Re inventing Japan』
加藤周一『雑種文化』
九鬼周造『いきの構造』
梅棹忠夫『文明の生態史観』
船曳建夫『「日本人論」再考』
青木保『「日本文化論」の変容』
河合隼雄『母性社会日本の病理』
茂木健一郎『クオリア立国論』
藤原正彦『国家の品格』
坂口安吾『堕落論』

日本人論自体から、それをサマライズしたもの、また批判的なものまで一通り羅列してみました。

__意外に執筆人のジャンルは多岐に渡ってますねー。何冊かはうちにあったような。チェックしときます。ではでは後編も引き続きよろしくお願いします!!__


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